エッセイ 犬と暮らす

犬との出会いと別れが教えてくれたこと。

投稿日:2016年10月19日 更新日:

toypoodle

小さな金額からでも十分に幸せを感じられる。

安いトイプードルは不細工だから?健康で頭の良い子だから問題なし!

心身ともに疲れて仕事を辞めてしまった私には時間だけがありました。

とにかく癒しを求めていた私に「仔犬飼わない?」とお声がかかりました。大きく育ちそうだったり、マズルや手足が長くなりそうだったりで、お安くなったトイプードル。私にお似合いでした。

命あるものだからそんな簡単には決められず、犬の飼い方を調べまくりました。

「躾が大変。」

じゅうぶんに躾に付き合う時間はある。

「病気をしたらお金がかかる。」

金銭面にはやや問題がある。

今まで自分を飾るために使っていたお金を回すことでなんとかしようと決心しました。

そしてやってきたのは生後2か月のトイプードル。

やってきた仔犬は期待以上に、独り身の私に癒しと無償の愛を与えてくれました。家族から「表情が変わった」と言われるほどに。

愛犬と出会い、犬を飼ったことで、1万円だった靴が千円になってしまったけれど、値段がチープになっただけで、靴が履けなくなったわけじゃありません。値段が変わるだけで何も失うものはないとわかりました。

「金額の高いものを手にすることが幸せ」といった、世間の一般常識に振り回されない生活を送ることができれば、金額の小さいものからでも、幸せを十分に感じ取れることを知りました。

 

ペットの死を理由に仕事を休むことができなかった過去。

じつは前にも犬を飼っていたことがあって、

はじめて犬を飼ったのは私が小学2年生のとき。白と黒の毛が混じったふさふさのシーズー犬を親が突然連れて帰ってきました。

そこから私とシーズー犬は、本当の兄弟のように過ごしていました。

私のいたずらに本気で噛み返すくらいだったから嫌われていたのかもしれない。だけど家族だと思っていました。

私が大人になり、一緒に過ごす時間は少なくなっていましたが、虹の橋を渡る時は絶対そばにいるとずっと決めていました。

そう決めていたのに、あの日の私は今にも息絶えそうな相棒を置いていつものように出勤しました。

家に帰ると17年間一緒に暮らした犬はもう居ませんでした。見たら悲しむだろうと親がすでに焼き場に連れて行っていました。

世間体を気にしてしまいました。祖父母を亡くすよりつらいことだったのに。最後は側にいるとずっと決めていたことを簡単になかったことにしました。世の中ではペットの死くらいでは仕事を休まないという考えが普通だと知っていたから。

 

犬も家族!家族を大事にできない人間が他人を大事になんてできない。

愛犬との別れをきっかけに、介護士として働いていた私は、自分の生活よりも利用者を優先することが介護士として素晴らしいことなのだろうか疑問を抱くようになりました。

大切な愛犬を放っておける介護士は、今度は利用者を放っておくかもしれない。そんな自分が許せませんでした。

介護士として真面目に働いていたつもりの私でしたが、犬の死をきっかけに何かが違うと思い始めました。

どちらかを取らなければならない時、亡くなりそうな愛犬のそばにいることを選べる人間のほうが、介護士として正しいのではないか。

大切な存在を大事にできてこそ、利用者のこともそれなり大切にできるのではないかと。

 

犬の側にいる暮らしを続けたい。

犬との出会いと別れが教えてくれたこと。

愛犬を飼い始めて1年半が経ち見た目は立派な成犬になりました。

毎朝私が目覚めると、久しぶりに会ったかのように喜こんでくれます。だから私も毎日を新鮮なものにしてあげたいと思う。

これから10年は一緒にいてくれるだろうから、少しでも多くそばにいれる時間を作りたい。

また同じことを繰り返さないよう、家族を大事にできない人間が他人を大事になんてできないと自分に言い聞かせて。

今は犬の側で過ごす生活をどうやったら実現できるかを考えています。セラピードッグだったら一緒に仕事できるかもしれないな。

 

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