エッセイ セミリタイア

好きな事をして生きるには。

投稿日:2019年1月1日 更新日:

好きな事をして生きる人

「好きな事をして生きいく」というと、「みんながみんな好きな事だけをしていたら世の中が回らない」という人がいる。

そんな風に「自分が好きなものは皆も好きに違いない」と思えるのが私は羨ましい。

好きなものってそんな、人と奪い合うものでしたっけ。

そもそも私たちが言う「好きな事」ってどんな事を言っているのでしょうか?

 

好きな事ってどんな事?

好きな事をして生きる人を想像してみる。

人生の成功者?人の上に立つ存在?

好きな事をしている人がどんな気持ちで過ごしているかを想像してみる。

楽しい?気楽?幸せ?

好きな事を続けられれば人はずっと幸せを感じていられるのだろうか?

決して、好きな事を続けられたとしても、ずっと楽しいとは思えないだろうし、気楽でもなければ、幸せを感じ続けることもないでしょう。

つまり、好きな事ってその程度のもの。

ただ自分が好きってだけで人から羨ましがられるものではないのが「好きな事」。

人に羨ましがられるものを自分の中に探して、それを自分の「好きな事」だと勘違いしてはいけない。

 

「自分の」好きな事は何?

みんなが好きな事を自分も好きだと思い込むのはよくあること。

そりゃ産まれてからずっと集団に属して生きているのだから、周りと自分は同じだと思い込むのは仕方ありません。

例えば、良い会社に入ってたくさん給料をもらうのがよしとされていますよね。

それで多くの人が幸せになれると信じています。

多くの人が幸せだと認める生活を手に入れて、他人から幸せな人だと認めてもらうために頑張ります。

良い会社に入れなければ、とりあえず給料が良い会社を選んだり。

ブラックだけど、誰もが知る一流の企業だったり。

それって「好きな事をして生きる」とか以前の問題ですよね。

物事を選択する基準が自分の中にないのだから。

そういう基準で生きている人はよく、「自分の好きな事がわからない」と言います。

 

「嫌いじゃない」の中に「好き」がある

好きな事がわからなければ、とりあえず嫌いな事をあげてみればいい。

苦手でやりたくない事は結構はっきりしていませんか。

分類していくと、嫌いなのにやってしまっている事って見つかりませんか。

よくよく探っていくと嫌いだと思っていた事が嫌いじゃないことに気付き、嫌いじゃない事の中にある「好き」が見つかることがあります。

まだ自分自身でも気付いていない「好きな事」を必ず誰もがもっています。

介護の仕事をしているとよく「介護は自分に向いてない。」と言う人に出会います。すごく仕事ができる人でも言います。

私も正職員で介護士をしていた頃に「仕事楽しい?」と聞かれて「楽しいと思ったことはないです。」と答えたことがありました。

楽しいと思うことはなくても、相手の気持ちを考えて行動することにやりがいは感じていたし、好きなんだと思います。

この曖昧な「好きなんだと思う」を「間違いなく好き」と思えればいいのですが、現実は好きとか嫌いとかあんまりわかりません。

私は1対1で人と関わるのは好きなんですが、1対複数人になると頭が真っ白になってしまうので「間違いなく嫌い」。

「間違いなく嫌い」な事を見つけていくと、他に「嫌いじゃない事」があるのが見えてきます。

なぜ「嫌いじゃない」のかを探っていくと、小さな「好き」が埋もれているのに気付いたりします。

例えば介護の仕事で下の世話がありますが、「嫌いじゃない」んですよね。

人のお世話をする介護はどれだけしんどくても続けられますが、会議などで大勢に向かって自分の考えを話すことはどうしてもできませんでした。段々立場が上になって人の前に立つことが増えてきて仕事をやめてしまいました。

どれも実際に経験したから好きか嫌いかを言えるようになりました。だから「何が好きな事かわからない」人はとりあえず色々経験してみるといいと思います。

 

好きな事をしてお金を稼ぐ。

現実を好きになれればいいのに

昔は憧れだった職業、警察官も学校の先生も、今は面倒くさいことが多そうでなりたいと思う子は減っているでしょう。

そう、憧れの職業は毎日遊んで稼げるYouTuber。

子供たちにYoutuberの姿は楽しそうに見えているんですよね。

楽しそうに見せるって今の子供たちに本当に必要だと思います。

SNSをストレス発散の場にしている人は「見たくなければ見ないでください。」と言います。

間違ってはいないけれど、人は見たくない物ほど見てしまう生き物。

自分の担任がSNSで保護者にボロクソ言われているのを見て「私はもっと立派な教師になってやる!」と思う子供も中にはいるでしょうが、親と同じようにボロクソ言って「先生って大したことないな」って思う子供のほうが多いんじゃないでしょうか。

現代の子供たちは、リアルな意見を目にし過ぎて、現実に夢を見れなくなっているではないかと心配になってしまいます。

私が子供の頃に憧れた職業なんて良いところしか見てませんでした。

今の子供たちが好きな事をして生きたいと思った時に、様々な職業を思い浮かべられるような建設的な話を広げたいですね。

 

サービスを提供する側として人生の大半を生きる

警察署で勾留されていた犯罪者がアクリル板を蹴破って逃走した事件がありました。

この事件で問題視されたのは、犯人が逃走した時に待機していた警察官がスマホで動画を観ていたことでした。

問題なのは蹴って破れるアクリル板だけで良くないですか?

簡単に犯人が逃げてしまうような施設が存在しているのが問題なのに、それを人的ミスにしてしまう時代錯誤感。

働いていて改善を求められるのはいつも人の行い。

サービスを受ける側に立った場合は、質の良いサービスを低価格で受けられるようになりました。

しかし、ほとんどの人はサービスを受ける側ではなく、サービスを提供する側として人生の大半を費やしています。週5日サービスを提供し、週2日サービスを受ける。そんな日々を送っています。

もう少しサービスを提供する側の視点で改善していっても良くないでしょうか。

古い会社を変えていくのは難しいだろうから、若者が中心となって新しいものを作り上げればいい。

 

無くなりつつあるアマチュアとプロの境目

修行したり、資格をとったり、誰かに認められないとプロにはなれなかった昔とは違って、アマチュアとかプロとか関係なく、いきなり本業として活動できる世の中になっていますよね。生活していけるだけの収入が得られるかどうかは別として。

収入って生きていくには大事だけど、副業が認められるところで働けば両立もできるし、ワークライフバランスを自分でうまくコントロールしやすくなっていると感じます。

お金のために仕事をしながら、好きな事でお金を生む方法を試していけばいい。

要はお金を動かせればいいわけで、素人が集まった球団でも金銭価値を生み出せればプロとして活動できますよね。

今はあんまりスポーツ系のYouTuberっていないけど、ファンがつけばやろうと思えばできます。

野球でもサッカーでも自分たちでチームとYouTubeのチャンネル作ってひたすら動画あげれば素人集団のプロチームができてしまいます。はじめは個人スポーツの方が運営しやすいかも。

最近流行の一般人ぽいプロのできあがり。

好きな事をして生きるには、ただ好きな事をして時間を潰すんじゃなく、お金を生む方法がないか考えてみる事が大事。

 

探してみたら実際にスポーツを事業として活動されているYoutuberさんがいました。

 

 

好きな事をして幸せに生きるには。

比べるのは今の自分

他人と自分を比べてしまうのは仕方ありません。

しかし、他人と自分を比べながら、自分の方が幸せだと思って生きるのはハードルが高いです。

月収10万円の人と比べた月収100万円の幸せな自分は、月収200万円の人に出会うことで簡単に失います。

知らなければいけないのは、月収100万円で得ている幸せが何なのか。

その幸せは90万円だと減ってしまい、110万円だと増えるものなのか。

「90万円を手にした私と比べると幸福感は変わらないのに、90万円を手にする誰かと比べると、100万円を手にした私は幸福な気がする。」

それは、10万円が必要なのではなく、人より10万円が多い自分を必要としている証拠。

好きな事をして幸せを感じながら生きていくには、良くなるかどうかを今の自分を基準に比べて考えること。

人と比べはじめた時点で自分の好きな事からそれてしまいます。

好きな事をして生きていきたいのであれば、比べる対象を自分にしてみましょう。

 

好きな事をして生きる人

エッセイ セミリタイア

好きな事をして生きるには。

「好きな事をして生きいく」というと、「みんながみんな好きな事だけをしていたら世の中が回らない」という人がいる。 そんな風に「自分が好きなものは皆も好きに違いない」と思えるのが私は羨ましい。 好きなものってそんな、人と奪い合うものでしたっけ。 そもそも私たちが言う「好きな事」ってどんな事を言っているのでしょうか?   好きな事ってどんな事? 好きな事をして生きる人を想像してみる。 人生の成功者?人の上に立つ存在? 好きな事をしている人がどんな気持ちで過ごしているかを想像してみる。 楽しい?気楽?幸 ...

ReadMore

エッセイ セミリタイア

人生最後の時を想うと寂しくて孤独に押しつぶされそう。

つい先日、叔父が何の前触れもなく急にこの世を去りました。 悲しむべきなのでしょうが、私は叔父が羨ましくて仕方なかった。 叔父の最後に対して、私がいずれ迎える最後を想うと、寂しくて孤独に心が押しつぶされそうでした。   誰かのために生きていない孤独感。 心不全で突然死した叔父には、2人の娘がいて、それぞれ結婚し、年明けに3人目の孫が生まれるのを見届けたところでした。私の従姉妹にあたる彼女たちに久しぶりに会いましたが、本当に絵に描いたような家族像がそこにはありました。 葬儀場だったので彼女たちは悲し ...

ReadMore

エッセイ セミリタイア

自分の居場所は世界が終わるまでわからない。

 この動画のオジサン(元WANDSのボーカル上杉昇)は全盛期に「こんな世の中に媚びた曲を歌いたくない。」って言ってグループを脱退し表舞台から去りました。あれから21年が経ち、 また歌ってる。 あんなこと言ってたけど、アレンジもせず当時の歌い方を維持してるし。 それでわかったのが、 過去を粗末にさえしなければ、また元の場所へ戻りたくなったら戻れるということ。 だから自分の居場所がわからないと悩む人は勇気を出して一旦そこを離れてみればいい。 居場所を転々と変えていけば、居場所は自然と増えていくかもしれない。 ...

ReadMore

エッセイ セミリタイア

40代が挑戦するためには過去の自分を活かすこと。

元スマップの3人、香取慎吾・草彅剛・稲垣吾郎が出演しているabemaTVの「72時間ホンネテレビ」を見ていて思うことがあったのでこれを書き始めています。 これからもアイドルとして居続けるために、新しいことに挑戦する姿を見て、アラフォーの私もまだまだ足掻いていいんだなと。 ただし、過去の自分を捨ててしまうんじゃなく、過去の自分に磨きをかけていかなければいけない。 それが20代とは違う、40代の挑戦の仕方なんだと彼らに教えられました。   40代でアイドルとして生きる。 香取慎吾 … 40歳 草彅剛 ...

ReadMore

エッセイ セミリタイア

ツライだけの努力を続けても時間の無駄。

努力に苦しみは付き物です。 けれど、ただツライ思いをしているのを努力だと勘違いしている間は、結果はでないかもしれません。 せっかくの努力を無駄にしないために。   ツラさを忘れられるのが努力。 努力(どりょく)とは、目標を実現するために、心や身体を使ってつとめること。 努力-wikipedia 「努力」を認めてもらうには、苦しんでいる姿を見せなければならないような雰囲気がありますが、ツライのを我慢して続けることが努力ではありませんよね。 目標に向かって夢中になってる人というのは「辛いわぁ。努力し ...

ReadMore

スマホ記事下

YLike

YLike

数あるサイトの中からお越しいただきありがとうございます。 私にとってセミリタイアとは好きに働き暮らすこと。 限りある時間を好きなモノだけで埋めていく暮らしを実現するために、 「あの時しておけばよかった。」 と思うことを、今はじめればきっと間に合う

-エッセイ, セミリタイア

Copyright© ワイライク , 2019 All Rights Reserved.