ライフスタイル 少額寄付

街頭に立って500円募金するんじゃなく、ブログを書いて500円寄付してみようと思う。

投稿日:2017年1月21日 更新日:

kifu bokin

ブログ開設と同時にはじめた少額寄付。

インターネットを使って、寄付先を探すわけですが、なかなか決められません。

寄付金詐欺について書かれているサイトがあったりして、寄り道してると、闇雲に信じて寄付するのも良し悪しという気がしてきました。

私はたった500円の少額寄付ですけど、もしこちらのサイトを訪れて同じように寄付してくれた方に迷惑がかかるような情報をのせてしまってはいけないですしね。

はじめは、犬を助けるための活動をしているところを中心に寄付させていただこうと考えていたのですが、寄付を募ってはいるけれど、活動の実態がつかみづらかったりして、寄付先としてふさわしいのか見極めが難しいなと感じはじめています。

そもそも、それらの活動が自分たちの資金で賄える範囲に抑えることはできなかったのかという疑問が生まれてしまいました。真剣に活動されている方ごめんなさい。自分が納得しないと嫌な性格なので。

 

たった500円寄付するために真面目に考えてみる。

犬は人間によって作られた種族

鳥なんかは基本野生ですよね。カラスやハトなんかはゴミを荒したりして問題になることもありますが、人の手を借りずとも生きています。

そんな風に犬も野生で生きれればいいんじゃないのかと単純に思った私。田舎に住んでても野良犬って本当に見なくなりました。

きっと犬は野生化すると人に危害を加えるようになるでしょうね。そうなれば、きっと人間は平気で処分するようになります。今のところいつも人間が中心となって物事が決められるのが当たり前の世の中ですから。

 

犬を産ませるのも人・保護するのも人

人に危害を加えた犬達が処分されるのを見たある人が可哀想に思って保護を始める。たぶん犬を野生に戻しても、結局犬たちは保護され、今と同じことが繰り返されるのでしょう。その裏で他の動物は、食用として生まれ、亡くなっていますが。

そして誰かが精一杯、犬の保護をしている裏で、仔犬は産み続けられている現実。

可哀想だからと保護する人間と、金儲けになるからと仔犬を産ませ頭数を増やすのも人間。

犬を保護することも大事だけれど、簡単に増やさないことも大事な気がします。

しかし、犬を保護する人と増やす人、この二人は交わることもなければ、入れ替わることもないと思います。

両者、互いに目的をもって活動しているので、人間主体の善悪だけではそう簡単になくなりはしないでしょう。犬を売ったお金で人の命を守っているという考え方もできますし。

ヨーロッパでは動物は購入するものという意識はないんです。-猫好き.jp

調べていて見つけたこの一文にハッと気づいたものがありました。

犬に金銭的な価値がなければ、金儲けのために産まれてくる仔犬の数は減らせます。

今後は、保護活動以外に、そういった活動の方にも目を向ける必要があるなと感じました。

しかし、現状としては保護される犬のほうが保護する人間よりも多い。保護犬が増え続け、個人で保護できる許容を超えてしまい活動団体となる。団体となると国から保護犬をさらに受け入れることを求められる。だんだん保護費用は足りなくなり寄付を募り始める。だから保護活動ばかりが注目されているのでしょう。

そんな団体の為に、私は500円寄付しようとしています。

もしかしたら、道端に立って募金活動するほうが役に立てるんじゃないかとふと思う。

 

街頭に立って募金する人に思う。

過去に、街頭に立って募金活動をしている人を見て思っていたことがあります。

10人以上もの人が、募金箱を抱えて立っているんですね。「よろしくお願いします。」って。目はとても輝いてみえました。頑張って声を出しているけれど、立っている人数に対して、募金している人はチラホラいるかどうかでした。

「何時間立っているのかわからないが、その時間をそれぞれが労働し、得られた賃金から募金するのではいけないのだろうか?」という疑問が浮かびました。

1日働いて6000円程度は稼げるでしょう。それを10人が行えば、一日60000円は募金できます。

街頭に立っている間、それぞれが自分の時間を犠牲にしているわけですから、募金活動の為に犠牲にしている時間を賃金の得られる労働に変えることで募金に協力する、という方法もあっていいのではないかと。

使う目的が決まっていて、例えば数千万、数億円の手術代が必要というのであれば、労働賃金では到底無理なので、募金という手段は理にかなっていると思います。少しでも多く、人数でも金額でも寄付してくれる人に出会う必要がありますからね。

 

募金ではなく寄付をする。

募金:お金を募ること。大勢の人に、声をかけたりしてお金を集める側の行為。

寄付:募金等に対してお金・物品を提供側の行為。

自分一人で集められる金額以上を集めることが目的でなければ、街頭に立って募金をする側に立つよりも、寄付する側にまわった方がいいかもしれない。

でも私は月一回の500円寄付・・・

そんな少額しか寄付しない私は本当は、募金のために、街頭に立つことを選んだ方が世の為人の為になるのかもしれない。一日募金箱を持って街頭に立つことで1万円集まるかもしれないのだから。

しかし、もし街頭にたって、日に3000円しか集められなかったら?

自分ひとりでもアルバイトを1日すれば、もっとお金を稼げて寄付も多くできる。世の中のために何かしたいという強い思いがあるのならば働くこともできるはず。だけれど私はセミリタイアを目指しているし、そんなに働きたくない。

世の為人の為にお金を集めたいという強い思いを抱いていれば、金持ちになるために努力もおしまない人間になれるのではなかろうか。

そうすると金持ちになる第一歩が街頭に立って募金をすることになってしまう。それとも、街頭に立ってお金を集めることは、簡単で効率がいい行為だからみんなそれを選ぶのか。実際やっていないのでわからないが、実はすごいお金が集まっているのかな。

街頭に立ってお金を集めることが、金持ちへのスタートラインなのかもしれない。

だって、寄付ではなく、募金を選んだ人なのだから。

募金とは他人から集めることではないはずで、そこには自分のお金も含まれなければいけない。お金を集めるという労働をしているからといってチャラにはなりませんよね。

自分で稼ぐつもりのない私が街頭で募金をして、人様からお金を寄こせという立場に立つのもおかしな気がします。

なんか話がそれてしまいましたが、つまり今の時点では、私はお金を集める(持つ)側ではなく、少額でもお金を渡せる側に立ちたいということ。

 

500円寄付に価値はある?

「500円ぽっち寄付したって、何の役にも立たない」って思うからしないという人の方が多いでしょう。

私も正直そう思ってる。500円だから、寄付先もそれほどこだわっていなかったし、騙されてもいいかなと思ってた。寄付したことに満足、みたいな。そんなんでいいのかなと自問自答・・・

そんなんでいいや。

そんなんでいいやと思える金額だから寄付してるということで。今後そんなんでいいやと思える金額が増えれば寄付金も増やしていけばいいし。ただこちらを見てくれている方には迷惑のかからないよう選んでいきたいとは思っています。

有名になって、自分の力以上のお金を集められる存在になるという方法もあるけれど、今の自分には無理。500円なんてしないほうがマシという人が、500円だけどしてみようという人に変わることに価値があると思って続けてみることにします。

価値のあるおこないがしたいなら、月イチ500円寄付するより、

1頭でも保護される犬を里親に迎えた方がいいんじゃないか・・・

保護しても保護しても犬は増え続けています。せめて各家庭できちんと最後まで面倒を見てもらえていれば保護される犬を減らすことはできます。

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