LGBTQ

我が子が同性愛者ではないかと疑うあなたに「モダンファミリー」を観てもらいたい。

2016年11月7日

modern-family

http://tv.foxjapan.com

「なぜ我が子が同性愛者に?」

その疑問を投げかけて白黒はっきりさせようとするのはちょっと待ってください。

親に同性愛者であることを隠して生きる子供のひとりとして、私からのお願いです。

 

理想の家族像を「海外ドラマ・モダンファミリー」に学ぶ。

「我が子が同性愛者かもしれない。」「同性愛者かどうか確かめたい。」と悩んでいる親御さんに、海外ドラマ「モダンファミリー」を見ていただきたいです。

見てもらえれば、同性愛者かもしれない子供にどう接するべきなのか、きっとわかってもらえると思うから。

 

モダン・ファミリーはどんな海外ドラマ?

  • ドキュメンタリー形式で展開するアメリカのコメディ・ドラマ。
  • 放送開始以来、3年間プライムタイム・エミー賞 作品賞 (コメディ部門) を受賞。
  • ゴールデングローブ賞コメディ/ミュージカル番組部門で作品賞を受賞。
  • 2010年度の高視聴率ランキングで16位を獲得し、1話あたり160万ドルの利益を生み出す。
    出典:モダン・ファミリー

 

あらすじ

「30代のコロンビア美女と再婚した60代の父」と「ゲイの息子夫夫」と「しっかりした三人の子供とまぬけな旦那をもつ娘家族」。それぞれの家族の関わりを通して、現代のアメリカが抱える問題をコメディに描いているドラマです。

アメリカへ行けばリアルに存在しているのではないかと思うくらいに親近感を持ってしまいます。私も同じ世界で生活がしたくなります。巻き込まれるとものすごい面倒くさそうだけど絶対楽しいと思う。

内容はコメディテイストですが、移民やセクシャルマイノリティの扱い方に人権意識が感じられてとても参考になります。

たとえば、登場する家族がみんなゲイカップルの息子を受け入れている状況でドラマがはじまります。

日本のドラマだったら、同性愛がとり扱われるときは必ずといっていいほど、「驚きと悲しみ」(カミングアウトされた親が泣き、悲しみを乗り越え最終的に受け入れる)というお決まりの展開になります。令和になって日本でもこういった扱われ方は少なくなってきましたが、親にカミングアウトして悲しまれるというのは現実ではまだまだありえると思います。

カミングアウトをして親を驚かせ悲しませる、という儀式を終えなければ同性愛者のドラマは成り立たないものだと私自身刷り込まれていましたが、モダンファミリーを見たことで「同性愛者かどうかなんてさらっと流していい」んだと思えるようになりました。

モダンファミリーの登場人物は皆、率直で遠慮がなくて気取らない。ほんとにフランク。『数日真剣に考えて頑張って受け入れました…』みたいな陰鬱な雰囲気ではないのが心地いいんです。

笑いにするポイントも日本とは少し違います。ゲイカルチャーをジョークとして盛り込んではいるけど、同性愛者が存在することを笑いにする場面はありません。「同性愛者でも良い」とか「そのままでいい」とか言う場面もありません。人に許されたり認められたりするものではなく、受け入れるしかないものとして同性愛が扱われている気がします。

日本のテレビでは、同性愛者は笑いのネタとして扱われていることが多いですが、このドラマでは一般社会で暮らす同性愛者の日常が描かれているので、私のように同性愛者であることを隠している人が観ても、「将来はこんな世の中になるかもしれないな」と思えて、心がほっこりする内容になっています。

 

 

ただ「居てほしい」と言えるのがファミリー。

モダンファミリーの話題から逸れますが、介護の仕事をしている私が気づいた「同性愛者と障害者が抱える同じもの」について。

私がはじめて介護の仕事をしたのが重度障害者の入所施設でした。「家族に見放されて施設に入所している人たちの世話をするのが仕事」なんだとその当時の私は思っていました。

何も生み出すことのない生きる価値のない人間を多額の税金を使ってまで無理やり生かす。それが自分の仕事。意味のある仕事なのか疑問を抱いていました。つまり私は相模原障害者施設で事件を犯した人物と同じことを思っていたのです。

だけど重度障害者の人を長い間近くでみていると、ちょっとした体の動きや声で訴えている、快・不快くらいはわかってくるんですね。同じ人間とは思えないような見た目をしている人でも、頭ははっきりしていてこちらの言っていることが伝わっているのがわかったり。

介護の仕事をはじめた頃は「私が手を貸してまで無理矢理この人たちを生かす意味はあるのだろうか。」と疑問に思いながら仕事をしていましたが、

その気持ちは次第に、私の考え方ひとつで、目の前にいる人に生きる理由を与えられるのではないかと思うようになっていました。

うまく説明できないけれど、

どんな人でも「誰かに求められればその場所に居る自分を許せる。」と思うんです。

たったひとりでいいから「ここに居てよ!」って言ってくれる人がいてくれれば、その場にいる言い訳ができるんです。

そしてそれは、障害者にだけ言えることではなくて、正直なところ同性愛者の私自身が求めている言葉でもあるんですよね。

言うのは簡単だけれど、「いてくれればそれでいいよ」ってセリフは、家族くらい近しい人じゃないと言えないセリフ。

 

 

モダンファミリーを配信している動画サイト

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