LGBTQのQ エッセイ

安心を得ようとするから幸せが遠ざかる。

投稿日:2017年9月15日 更新日:

人と比べ自分が優位に立っていることを発信し、人から認めてもらうことで、自分が幸せなのかどうかを確認しようとする人をインターネットの世界では、よく見かけます。

しかし、人と比べて得られるのは、安心感であって、幸福感ではないと私は思う。

人と比べて、自分が優位だと思って得られるのは安心感。

それを続けていると、おそらく幸福感を感じるまでに遠回りをしてしまう。

なぜなら、本当の幸せというのは、不安と隣り合わせにあるものだから。

 

負かした相手があなたより幸せでも満足?

例えばあなたが、横断歩道を誰よりも早く渡り切って、勝った気になっていたとする。

しかし、同じ横断歩道を渡る他の人は、誰もあなたと早さ比べなんてしていません。

もしかしたら、その中のある人は、白線だけを踏んで渡ろうと決めて渡っているかもしれません。そうすれば、あなたは敗者になる。

また他の人は、誰よりも美しい歩き方で渡ることを決めている人もいるかもしれません。そんな人から見れば、あなたの歩き方なんてひどいものです。

そして、そもそも横断歩道は競うために存在しません。

人生をスポーツのように、勝ち負けで考えてしまいがちですが、人生には決められたルールというのはありません。法律を犯してはいけないくらいです。

他人と競っている気になり、勝った負けたと、一喜一憂しているけれど、そのルールは、正直あなたの中にしか存在しないルールなんです。

自分で作ったルールの中で、他人も同じように戦っている気になり、自分を勝者にして喜ぶことはできても、あなたが選んだ競争相手に敗北感を感じさせることはできません。なぜなら、あなたが勝手に戦った気になっているからです。

世の中には、他人と競争をして、自分が勝っていると思いこむことで、幸福感を得られる人がいるのも事実。ただ、このような人が気づいていないのは、あなたが負かした人が必ず不幸ではないということ。

 

幸せになれない原因は「安心感」。

頭の中で、幸せを感じ取るための方法を探しているうちは、なかなか幸せにはなれません。

「~だから私は幸せに違いない。」の「~」にあたるものをいくら探しても、見つかれば幸せになれるわけではありません。

幸福感とは、ふわっとしたもので、感じ取るもの。

理由があって得られるものではないと私は思っています。

身近にあるのに、感度が下がってしまっているから気づけないんです。

収入がどうこう、容姿がどうこう。

ただ結婚相手がいて子供がいるだけの暮らしを純粋に幸せだと思っていいんですよ。

幸福感が得られないからと、他所の家庭より幸せである理由を探しても、得られるのは、安心感だけ。

 

他人の競争にいつから参加していたの?

インターネット上に書き込まれたものを見て、いつしか負けたような気持ちになってしまっていることはありませんか?

勝気な文章が投稿されると、なんだかいつの間にか、負けた気がしてしまうのが人間です。

なぜその人が勝気な文章を投稿するのか、いろいろ理由はあるでしょうが、考える必要はないと思います。

そして気持ちを誘導されてもいけない。

投稿者が勝っているような内容の文章であっても、読んでいるあなたが負けたと思う必要はありません。

その投稿者が勝手に作ったルールで行われる競争に参加しなくていいのです。

というか、参加していなかったはず。

参加してなかったはずなのに、勝っていることをアピールされてしまうと、いつからか、その競争に参加していたような気になり、負けを自然と受け入れてしまっています。

思い出しましょう。

その競争には、参加していなかったはず。

あなたが負けたと思うことはないんですよ。

なんなら、あなたが作ったルールで相手を負かしてやってもいいくらい。

それと同じことを相手はしているだけだから。

 

幸せと不安が隣り合わせ。

同性愛者(心の性別がわからないLGBTQのQ)の私ですが、世間体を気にして結婚することも不可能ではありません。

そうすれば、程よい人並の暮らしを手に入れることができて、安心感も得られるでしょう。

でも、それでは私は幸せを感じられない。

幸せになるために、自分が選んだ人と一緒にいようとすると、世間の常識からずれたところを進まなければならず、今度は人目が気になり、不安がつきまといます。

他の事にしても同じ。幸せに近づこうとしたとき、世間一般の思考からずれてしまうことがあります。

しかしこの時に、安心を得る方向へ動き出すのを堪えられれば、不安とともに幸福感を感じられるも事実。

人と比べるのではなく、自分の直感で「好き」だと思う物事に触れてみる。

大勢とはぐれてしまい、不安にもなるけれど、好きなものへ向かって行くことが幸せへの近道。

きっと幸せを追い求めることというのは、不安に向かっていくことなんだと思います。

「人に幸せそうだと思われる暮らし」ではなく、「私が幸せだと思える暮らし」へ向かおうとした時、自分だけが、大多数とは違う方を向いてしまった。

その時、あなたはどうするか。

みんなと同じ方へ向きをなおすか、そのままみんなとは違った方へ歩き始めるか。

 

LGBTQの「Q」。私は自分の性別がわからない。




YLike

YLike

数あるサイトの中からお越しいただきありがとうございます。 私にとってセミリタイアとは好きに働き暮らすこと。 限りある時間を好きなモノだけで埋めていく暮らしを実現するために、 「あの時しておけばよかった。」 と思うことを、今はじめればきっと間に合う

-LGBTQのQ, エッセイ

Copyright© ワイライク , 2019 All Rights Reserved.